実はキリスト教には重大な欠陥があります。
それは宗教のあがめたる存在であるキリスト自体が神様ではなく「神の子」であるということだったんですね。
神様を直接あがめるのではなく、神様と人を繋いでくれている代行者たるキリストをあがめよと。
それによって神は人の言葉を聞いてくれる、そしてキリストは唯一無二の代行者であると。
(要するに人間寄りの神様の子に媚びることで、神様に「他の生命より人間を優遇してくれ」とお願いすると)

ところが日本では、神様は常に皆の上、皆の隣にいて、いつも皆を見ていてくれる、声も聞いてくれている。
唯一ではなく、いろんなものに神様は宿っていて、それぞれが持つ力で人を助けてくれる。
そして神の声を聞ける代行者は神主さんに巫女さんに虚無僧にといっぱいいるし修行すればだいたい誰でもなれる。

だからキリスト教が日本に来たときによくよく話を聞くと
「要するにキリストさまってのは神主様だっぺ?なんで一人だけしかいないんだ?それに神主様をあがめて
 どうするっぺよ。神主様はそりゃ~大事にするもんだけんど、祀るのは神様じゃないとダメだっぺよ」
となったそうです。


ちなみにオカルトな話ですが、外国の高僧が言うには「僧になれるのは民族の中でも一握りの選ばれた人間で、
まずその資格を持つ子供を探すのも我ら僧の使命。資格の無いものはいくら修行しても神を感じることもできない。
なのに、日本人は誰を見ても僧になれる資格を持っている。むしろなれない者を探す方が難しい。これはおかしい。
なぜ日本人と言う民族に生まれただけで資格が与えられるというのか。」ということだそうです。
(資格ってのは霊格とか神格とかいうものです。)
そして、資格があるということは普段から神を感じることができている、そこから矛盾する説明があると無意識に
見破ってしまう。
つまり神様関連については嘘(宣教師の誤魔化し)が効きにくいというところもあるそうです。

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神田祭り (by Michiteru KODAMA)

 Gunosyが最近言われてることに答えたことでインターネット界隈がにぎやかになってますね。でも、Gunosyが偏っていて何が悪いのかって感じ。叩いてる人も分かってと思いますが、いじめ過ぎじゃない。

 そもそもGunosyなりハテブのホッテントリはレコメンドシステムです。これがあなたにとっていいことですよと電子的に選別して知らしてくれるもの。Facebookの「友達かも」だとか、Wallに流れてくる友達のフィード(16%が流れてくるんだっけ)もこの一種です。これらは、インターネットという新しい器に実装されてはいますが、所謂メディアです。昔で言う、テレビ、ラジオ、出版社の親戚ですね。さらにいうと、メディアは何かというと、インフルエンサーなわけです。インフルエンサーがその能力でおまんまを食べようとするとメディアになる。なので、Gunosyもメディアであり、インフルエンサー。ちなみにGoogleの検索システムもフラットに見えますがメディアです。

 ではインフルエンサーの用件とは何か。影響を及ぼすことですね。つまり、インフルエンサーが提供する結果は話題にならないといけない。Googleで検索した結果をツイートしたらシーンって言うのはダメなんです。検索上位をツイートしたらいいねがいっぱい付かないといけない(TwitterかFacebookかどっちなんだよw)。そのためにインフルエンサーは何をするかというと、自分の知っていることの中で、うけそうなものを選別する。だから結果がおもしろい。フラットだとダメなんです。そういう意味では、Gunosyはもっともっと偏るべきです。がんばれGunosy。

※どうでもいい補足
今回の説明でGunosyにアルゴリズムが無いと言われてることに対してかなりの分量の説明をしていますが、不要だと思います。平たく言うとアルゴリズムなんて無くていいし、有るか無いかを説明する必要すらない。アルゴリズムはあるでしょう、しかしそれを偏らせるために、パラメーターチューニングをしているはずです(検索システムは打ち切り条件だとかをきっちり作らないと収束しなくなる。そういう意味でも偏りは無いと成立しない)。でもって、Gunosyのコアコンピタンスはアルゴリズムではなくこのチューニングされたパラメータにあるはずです。つまり、アルゴリズムがどうであれ面白いニュースを持ってくるかどうかが重要じゃないですか。なので、アルゴリズムが無いと言った人は本質がわかってないし、それを真正面から答えたGnosyの中の人は。。。よっぽど自分たちがインフルエンサーである事実を隠したかったんですね。止めた方がいい。しっかりコアコンピタンスを紙に打ち出して部屋に貼っておくべきです。

— Gunosyというインフルエンサーについて http://bit.ly/16LuZEU
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この男の考えることは、一つも間違ったことはなかった。ただ一つも行わなかっただけであった。世の中には、こんな頭の大きい男がたくさんいる。わたしは、この気味のわるい男の話をときどき思う。
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